Souvenirs de la vie quotidienne
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すべて楽しいことは、お腹にいいのですよ!

「農家には365日休みなんてないんだよ」という台詞を昔からよく聞いた。
もちろんそれはそうなんだけど、『毎日仕事で休みなんてない』と思うと、たとえそれが好きなことであっても気が滅入りそうだから、繁忙期以外は、一週間に一度は必ずお休みの日をつくることにしている。(動物の飼育や畑の見回り等、必要最低限のことはもちろんやるとして)

まあ、私の中では“仕事”と“生きること”と“しあわせ”をイコールで繋ぐのが理想なので、そう思えるに越したことはないんだけども、それはここではおいておく。


前置きが長くなったけども、そんなわけで今日はお休みの日だ!ということで、せっかくの休暇を使って里帰りしたにも関わらず、一週間ずっと働きづめだった我が弟のリクエストを伺い、山に登ってきました!私は今年三回目!!


弟は、物心ついてからの御岳登山は初ということで、まずは普通の登山道から登ることに。
登山道入り口にはこんな看板が。

私「20分じゃ絶対着けない・・・」
弟「つか、横の道、魔界へ誘う雰囲気だけど・・・」

こんな会話をしながら登山スタート!


竹の葉の降り積もった、古い登山階段を一歩一歩登っていきます。
所々地滑りによってもはや階段じゃないところも・・・。



200メートル地点に忽然と現れる、手作り看板。「うしろをみて」とあるので、振り向く。



・・・と、あいにく雲で何も見えない。
晴れていれば、山裾に広がる集落や海が見えるんだが。


その後も100メートルごとに手作り看板が立っていて、くじけそうな心を励ましてくれる。



おお、何と達筆な「あとはんぶん」だろう。
しかし「あとはんぶん」と言っているきみこそが真っ二つだが、大丈夫か?



しかしこの半分を超えると、視界を遮る竹もなくなり、一気に解放感が押し寄せる。





学校の先生が描いたらしい、かわいい鳥の看板が見えたら、頂上はもうすぐそこ。



ちょうど今はマルバツツジの季節。ピンク色の可憐な花があちこちで咲き誇っていた。





頂上を目指すクニさん(父)の背中。遠い!





ようやく頂上へ!
この御岳(トカラ富士)の高さは、あの有名なエンジェルフォールの滝の落差と、ぴったり一緒なんだとか。




火口も一望!




そして反対側には、雲の隙間から海が。


頂上まで登って終わり、じゃないのが御岳登山。
尾根をぐるっと回って、火口に下りることに。



うす雲も晴れて、夏らしい青空。



美しい・・・けど、暑い!!
すでにパーカーの中は滝のような汗が。



それでも、山の上からのこの眺めはやはり格別。
海の向こうに見えるのは、トカラの玄関口、口之島。





まるで死んだ貝の化石のような、カサカサしてかなり崩れやすい石に足を取られながら、何とか火口に下りる。




今日のガスは一段と活発だったわ。
(天候や状況によっては、火口に下りられない日もあります。ご注意ください)


そして、おもむろに温度計を取り出す我々・・・。



このボコボコいってる源泉は95度近く!とてもじゃないが、温泉には出来ない。





そう。今回は何と、卵持参!(笑)
火口の温泉と噴射口で、温泉玉子と半熟ゆで卵を作ろうという試みだ。

とりあえず、手頃そうな源泉(75度前後)に、まず3つの卵を7分間入れてみる。こちらは温泉玉子用。





そして、ガスの噴射口にも、卵3つと濡れタオルを竹ざるに乗せて、15分吊るしてみる。こっちはゆで卵(蒸し卵?)用だ。





出来上がりを待つ間に、「地獄の窯」と呼ばれる(たぶん父が勝手に呼んでるだけだが)一番お湯がボコボコしている場所を見てみた。
本当に地獄みたいな風景だった。さすがにあそこに落ちたらひとたまりもないだろうな。


そうこうしている間に卵も出来上がり、帰りは父の開拓した新ルート(別名、獣道ルート)で山を下りる。
何故ならば、私達は3人とも喉が渇いていて、とてもじゃないが、その場で卵を食べる気になれなかったのである(笑)口の中の水分全部持ってかれそうだったんだもん。


合計2時間半ほどのゆっくり登山。
大いに満喫し、帰宅してカレーと共に食した玉子たちは、美味しかったです。(残念ながら蒸し卵は半熟じゃなく、固ゆでになってたけども)

そして夕食を終え、私がお風呂から戻った19時半、仕事をするよりも疲れ果てたのか、父も弟も既に爆睡(笑)

いやはや、楽しいお休みの日になりました。(ちなみに今日のタイトルは、ムーミンママの名言です。私にぴったり!)明日からまた働くぞ〜!


 
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怒涛の新生活は嵐にも似て

こっちのブログはだいぶお久しぶりになってしまいました。
基本、何かをやり始めたら、その前にやっていた何かが抜け落ちる、ロケットペン構造の人間なもんで、すみません(´ω`;A)あ、今の若い子はロケットペンすら知らないのかしら??

前回まで書いていた『命をいただくということ』の完結編もあげたいのですが、いかんせん、英訳に手間取るもんで、後回しに・・・。フランス旅行記も忘れないうちにあげたいんだけど・・・武将で不精ですまん・・・。orz


さて、フェイスブックの方で散々言っているので、もうご存知のことと思われますが、とうとう“たった一人のエコファーム”を故郷の島にて始めました!!

草ぼうぼうの荒地を開墾して畑にしたり、廃墟を全面改築して自宅にしたり、慣れないウェブサイト運営に四苦八苦したり、しております。特に最後のは本当に困った!C言語って何?ってとこから始まるからね。もうタグとかHTMLとかCSSとかくそくらえ!だからね。(嘘です。だいぶお世話になってます)

まあ、そんなファームにまつわるエトセトラはフェイスブックページ(https://www.facebook.com/eco.farm.windy)か、ファームブログ(http://efwindy.blog.fc2.com/)の方でも見てもらうことにして、相変わらずここでは個人的な呟きを、ぼそぼそ綴り続けますよ。


さて、何故そんな忙しい毎日のはずの午前中に、こんな悠長にブログなんて綴ってるのかと言いますと、三日ほど前から台風のような暴風雨が島に上陸中なのです。
多少の雨でも構わずに仕事をするのが農家の真髄ですが、これは「多少」なんてもんじゃない・・・もしも私の体重があと30キロ軽かったら、余裕で吹き飛ばされる程度の暴風雨です。それはもう、別人だと自分でも思いますが。

どのみち、雨が降っていると、苗を植える準備の為の土おこしが出来ません。
ゆえに、毎日のヤギの世話とビニールハウス内での育苗作業以外は、屋内での事務作業になってしまうのです。
弟には「雨が降ったら仕事行かねえとか、カメハメハ大王みてーな生活だな」と言われましたが、当たらずとも遠からずかもしれません。


とは言え、『雨が降ったらお休みだ!』と、ずっと遊んでるわけにもいかないので、畜舎の設計図引いたり、件のウェブページ制作したりしながら、新生活の基盤を整えるべく、カーテン縫ったり、


クッションカバー縫ったり、


してました。これが結構はまって、無駄に増えていく布アイテム・・・。時々欲しくなる単調作業。
現在は、ヤギの畜舎の周りに付ける、カラス除けの為のトライアングル・ガーランドを作成中です。ま、明日には天気も回復するみたいなんで、そうなったらまた満面の笑みで土と戯れてることでしょうが。



 
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田舎の生活と女子的欲求


先日、フランスのビザ申請の為に東京を訪れた際、生まれて初めて(?)“表参道を歩く”ということをしてきました。
目的は表参道にあるとあるカフェのパンケーキを食べに行こう!という事だったのですが、姉夫婦と5ヶ月の甥っ子と一緒にようやく辿り着いたそのカフェは人がぎっしりで、『1時間先まで予約で埋まっているので、1時間経ってからもう一度来て並び直して下さい』ということでした。
けっこう歩いて疲れていたのと、甥っ子のベビーカーや荷物も多いから、1時間くらい店の外のスペースで待っていようかと相談していたら、それはダメとのこと・・・何でやとしょんぼりする私たちの後からも、ひっきりなしにやって来ては戻っていく女性達・・・。

少し前にパンケーキがブームになってから、けっこうどこのカフェでもパンケーキを目にするようになったけど、ここまでとは恐れ入った。よほど美味しいのか、火付け役である名店だからなのか、はたまた“表参道”という土地柄か。

こういう時、“女子的欲求”の凄さを思い知るね。

たとえばコーヒー1杯飲むにしても、よほど味にこだわりがあるのではなく、ただ「コーヒーを飲みたい」だけであれば、家で飲むか、その辺の缶コーヒーを買って飲んでもいいわけである。
よっぽど手っ取り早いし、経済的だ。
それでも、わざわざ一杯600円程のお金を出してまでも、時には長い行列に並んでまでも、お洒落なカフェを選ぶのは、ただコーヒーを飲みたいわけではなく、そのカフェでコーヒーを飲むという付加価値を楽しみたいからなのだろう。(もちろん味がいいということは大前提の上で)

私は心理学者ではないので、専門的なことではなく全くの主観なのだけど、こういう「物」や「雰囲気」に対する欲求・執着みたいなのは圧倒的に女性の方が強い気がする。

うまく口では説明できないけれど、『何だか素敵』なものに対する欲求、それを求める自分でいたいという気持ち・・・私はこれを勝手に“素敵欲求”と呼んでいる。

そう、100円でコーヒーは飲めるけど、どうせならオシャレなコーヒーが欲しいんです。素敵な空間にいたいんです。
全くの見当違いだったらすみません。でも少なくとも私はそうだ。

もちろん毎回そう思うわけではないし、様々な事情(大抵は経済的理由)から、そう思っても出来ない時だってあるけど、時々無性に襲ってくるこの“素敵欲求”。
まあ、要するに自己満足なんだけども、ひも解いてみるとそれは、自分にとって心地のいい場所を求めていたり、心が回復するような「何か」を欲しがっているってことなのね。


私の場合は、並んでまで手に入れたいって場合はほとんどないけど、色々なものにおいて五感を満たすことはすごく重要な気がする。

そしてそれはなにも、市販品や外の世界にしかないわけではなくて、
たとえば自炊する場合であっても、なるべく美しく盛り付けたり、材料にこだわったり、過程を楽しむことで“素敵欲求”は満たすことができると思うのです。


ここでタイトルの『田舎の生活と女子的欲求』になるわけだけど

件の表参道の帰り道、姉に「よりちゃん(私の事)はこれから先、島に住んだとして、オシャレなカフェに行きたいとか街に出たいとかそんな風には思わないの?」と尋ねられましたが、「もちろん思うし、行くと思うよ」と答えました。
まあ、私が住むことになる島はだいぶ過疎地なので、島の中にはそんなオシャレなカフェも街も店もありません。
が、船に乗って街に遊びに行くことも出来るし、何より島の中でも“素敵欲求”を満たしていくことはある程度可能だと考えています。

その辺の程度は人それぞれの匙加減だとは思いますが、田舎だから、島だからと言って素敵な生活を諦める気なんて毛頭ないですよ。
ないものは作ればいいし、作れないものはネットで買えばいい。
何よりそういうもののいちいちをFBやこうしたブログで発信していけば、反応も得られるしやりがいもあるってもんだ。
そう、“素敵欲求”には「反応が欲しい」というものも含まれている気がするのです。


過疎地の島暮らしで目指す私の素敵生活は、土と石を組んで家を造り、有機農法で作った野菜やハーブと、自分で育てたヤギのミルクで料理を作り、山葡萄から葡萄酒を作り、石釜だって自分で造ってパンやピザを焼く・・・。
クリスマスには大きなツリーを山から採って来て飾り、ドレスコードを決めて友達呼んでパーティーをして、お土産に自家製のコンフィチュールとスコーンを持たせたり・・・。

小さなころから『大草原の小さな家』(海外ホームドラマ)が憧れの理想像だった私には、この上ない素敵生活。


あ、もちろん、どうしても劇場で映画が観たくなったり、一人飲み歩きがしたくなったら、船に乗って街まで出るけどね(笑)
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Feel world / 世界を感じる


何となくタイミングが重なって、最近私の書棚にラトビアに関する雑誌が一気に増えた。
そしてとうとうラトビア語のテキストまで・・・(=´▽`)ゞ

往々にして私は興味を持つと、それに関係する色々なものを自発的に引き寄せるようになる。
ラトビア語に関しては、現地の女の子とメールでやり取りしながら少しずつ学習している途中なので、出来るだけ理解を早めたくて・・。

なぜラトビアなのかというと、言わずもがなフランスで知り合ったラトビア人の影響だ。


Recently the magazine written about Latvia to my bookshelf has been increased because the timing overlap.
And at last, even textbook of Latvian... :)

When I have the interests in something, in many cases I become a magnet for voluntarily various things related to it.
For textbook of Latvian, because it is the way I'm learning a little bit at a time while exchanging e-mail with a local girl, I wanted to accelerate the understanding...

"Why Latvia"? The reason why is, it's the influence of Latvian guys who met in France.



正直に言うと、私は実際にフランスに行くまで、そんなにフランスに興味はなかった。
むしろ「フランスが好き」なんて言うと、何か気取った感じがするな〜などと思っていた。偏見の塊である。

しかし実際にフランスで過ごした後は、すっかりフランス贔屓になってしまった。
フランスに限らず、向こうで友達になった人の国だから、という理由でオランダ、ポルトガル、イギリスのこともますます好きになった。もちろん、ラトビアも。

そう、好きになると、知りたくなる。
そして知ることによって、ますます好きになる。
見事な正のスパイラルだ。


To be honest, I didn't have a little an interest in France until I went to France actually.
But rather I was feeling it would feel smugly if say "I like France".
It's the mass of prejudice.

However, after spending in France actually, I has become patronize France completely.
Not only France, I fell in love more and more also the Netherland, Portugal, United kingdom on the grounds that because the country where friends lived. of course, Latvia also.

So, when I comes to love, come to want to know it.
And by knowing, I'll love more and more.
It is a spiral of stunning positive.




同じように、私がフランスで日本語を教えていた男の子はとても日本が好きで、日本のことをどんどん知りたがった。
そのせいか、日本語の上達も驚くほど速くて、カタカナ、ひらがな、そして幾つかの漢字を覚え、「て・に・を・は」もほとんど正しく理解していた。

海を隔てた遠い異国で、自分の国のことをこんなに好きな人がいる、というのはとても暖かいものだと、私は彼を通じて知った気がする。

帰国後、彼が送ってくれた手紙は、今でも私の大事な大事な宝物だ。


In the same way, a boy who I was teaching Japanese in France likes Japan very much, He wanted to know more and more about Japan.
because of that, his progress of Japanese language is very fast. He learned the katakana, hiragana, and some of kanji, and then he was understanding correctly almost "TE, NI, WO, HA".

I feel I knew through him that it is very warm that there are people who like my country in distant foreign country across the sea.

The letter that he sent to me after returning home is really my precious treasure, forever.

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Living of countryside 1 / 田舎の生活 1


今月の初めから、故郷の離島に里帰りをしている。
週に2便しか定期船が出ない、しかも船で片道8時間かかるという、超!田舎だ。

そんなど田舎の離島にエコビレッジを作るという目標を掲げ、今回はその下準備の為の帰郷となった。

I have a homecoming to my hometown island from the beginning this month.
Liner come out only two flights a week, and it takes time 8 hours one way by boat.  very countryside.

This time, I have set the goal of making the eco-village on the island of such a very countryside, became a homecoming for the prepared.



私が9歳まで育ったこの島は、人口わずか100人程の小さな小さな村。
島のほとんどが山に覆われ、人々は山の麓の西と東、そして山の中腹あたりの3つの集落に分かれて暮らしている。私の生家は、山の中腹の集落にあった。

人が住まなくなって久しいそこは、今は荒れ放題の廃墟と化していた。

This island where I grew up to 9 years old is small small village of about 100 people just population.
Most of the island is covered with mountains, people are living in settlements divided into three. east or west of the foot of the mountain, the mountainside.
My birthplace was in the settlement of the mountainside.

My house that was not inhabited by people for a long time, had became run-down ruins now.



まずはボロボロになってしまったこの家を直して、私の拠点を作ることから始めなければいけない。
気の遠くなるような作業だが、自分の手で家を作っていく楽しみもある。

At first, I have to start to repair the house that had became worn out, and must create a base for me.
It's work like daunting, but there is also a fun going to make a house with my hands.



手始めに、屋根のルーフィングの張り替えから。
ハウスメーカーはおろか、個人建築会社も、リフォーム会社もないから、出来ることはすべて自分たちの手で。
田舎に住むということは、広くマルチな能力を伸ばすことでもあるのだ・・・。

In the beginning, I do the re-covering of roofing.
Because there is no house maker, building company, renovation company, here, it be done in their hands all as possible as...




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Time thief / 時間泥棒


私の母はテレビが好きだ。
帰宅するとまずテレビをつけ、母が家にいる間はほぼずっとテレビのスイッチは入ったまま。ドラマ、バラエティ、歌番組・・・何でも見ている。

弟はパソコンとゲームが好きで、大体いつもそのどちらかの前で長時間を過ごしている。

夕方から時間をかけて仕込んだ夕食の時間も、我が家ではほんの15分足らずで終わってしまう。
それは、もしかしたら多くの家庭において同じなのかもしれないし、違うかもしれないけれど・・・私はふとミヒャエル・エンデの「モモ」に出てくる時間泥棒を思い出した。


フランスにいる間、食事中にテレビを見るということは一度もなかった。
代わりに音楽を流し、皆で色々なことを話しながらゆっくり食べた。

あまり言葉が分からなくても、話せなくても、皆のやり取りを見ているだけで楽しかったし、言葉が途切れても、鳥の声や風の音が聴こえて、気持ちがよかった。


テレビやパソコンが悪いとは思わない。知りたいことをすぐに調べられる便利さや、遠くにいながら外国の情報が分かることは、とても素晴らしい。
それでも、
家族が何を考え、感じているかよりも、優先されてしまう連続ドラマの話の行方に、悲しさを感じてしまうのは確かだ。

ああ、早く私は私の居場所をつくらないと。
寂しさに、胸が苦しい。


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My mother likes the TV.
switch on the television first when she came back home. The remains switch the TV enters throughout while she is at home.

My brother likes the game and personal computer, he has spent a long time in front of these almost always.

Dinner time will end in less than 15 minutes in our house, in spite of charged over time from evening.
It may the same in many homes, or it may different....I remembered the time thief of "Momo" written by Michael Ende suddenly.


I did not even once that of seeing the TV during meals, while I was in France.
To play music instead of watching TV, we were eating slowly while talking various things together.

Without knowing the words so much, I was fun just to look at the conversation of all. If conversation interrupted, I was still feeling good because wind and birds voices are heard.

I don't think the TV and PC is bad. It can find out immediately that I wanted to know, and that I can know the foreign country information in spite of far away. it is very great.
Nevertheless,
The TV drama would given priority more than that what the family thought and felt. I have feels the sadness, It is certain that.

I do need to create a place for us as soon as.
In loneliness, I have pain in the chest.

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Pruning of roses and Pruning of heart / 薔薇の剪定と心の剪定


昨日、今日と庭のバラの剪定をした。
この写真は一昨年の5月のもの。バラを育て始めて今年で丸4年。今年は直接見ることは出来なかったけれど、花数も増えて、綺麗に咲いたという報告を母からもらった。嬉しい限りだ。

バラは扱いが難しいとか育てにくいとかよく聞くけれど、しっかりと根付いてくれさえしたら、多少放置してもちゃんと育ってくれる逞しい子だと思う。(根付くまでが難しいのかもしれないけど・・)

外してはいけないポイントのひとつに、剪定がある。
大体一年の間に夏と冬の1〜2回行うのだけど、他の幾つかの植物もそうであるように、切ってしまうことで、より元気に沢山の花を咲かせるようになるのだ。

私は最初、この剪定がうまく出来なかった。
せっかく大きく太く育った幹や枝を切ってしまうのが勿体ないという気持ちと、何だか可哀想な気がして。

でも、二年以上経った大きな枝はその後花を付けることはなく、放置しておくと余分な養分を奪ってしまったり、病気のもとになってしまうこともあるという。
なので、新しく出てきた枝を残してばっさり切ってしまう方が、花数も増え、バラ自身の為にもいいのだ。

たぶん来年も、咲き誇る姿を見ることは出来ないだろうけど、ここをしっかり押さえておけば、私がいなくてもきっと来年も綺麗に咲いてくれるだろう。
そう思って、今年は思い切ってばっさり切っていった。


そうしているうちにふと、最近の自分に起こったことと、よく似ているなと気が付いた。

そもそもFacebookからブログへと日記を移行させた原因は、以前からの知り合いに、FBでの私の投稿について、何だかんだと非難されたところにある。

以前からそういうことはよく言われていたが、今回私がフランスへ行ったことについて、そしてフランスで感じたことを書いていたことについて、『あまりにもくだらない。おばあちゃんを見捨ててまで行ったのに意味がない』などと言われ、何だかすごく腹が立ったのだ。

個人的な感想に、どうしてそこまで言われなければいけないのだろう。もっと高尚で人の為になる文章しか書いてはいけないのか?(そもそも、うちの家庭事情をよく知りもしない人に“見捨てた”だなんて言われたくない)

そんなことを考えていたら悲しくなり、沸々と怒りが湧いてきて、そして急に馬鹿らしく思えた。


以前から、私を否定することを楽しむ人は何人かいた。愛のあるダメ出しやからかいではなく、見下して皆の前で笑いものにするような。
仕事絡みの人だったり、友人付き合いのある人だったりで、否定されても詰られても、私はそれを受け止めるだけだった。
以前の私は、自分には怒る権利さえないんだと思っていたから。

だけど今は、ひどいことを言われたら悲しいだけではなく、怒りが湧く。馬鹿にするなと言いたくなる。
これは、私にとっては大きな変化だった。

フランスに行って、沢山の人と出会った。
自分の価値を認めてくれる人に出会えた。

認めてもらうこと、受け止めてもらえることを知って、私の中の何かがリセットされたのだろう。

初めて、自分の価値を自分で信じられるようになった。

そうして初めて私は、自分の心の剪定が出来るようになったのだ。


私の為に心を動かさない人に、私が心を動かす必要はない。
心配や愛情からくるダメ出しやからかい以外の否定言葉に、私が付き合ってあげる道理はない。

今まで頭で分かっていても、どうしても出来なかったことだった。

沢山の時間と経験を経て、今までの人間関係もすべてふるいにかけて、そうして残ったほんとうに大事なものを、きちんと大切にしていきたい。

そう思えるようになった今の自分が、私は好きだ。

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Yesterday and today, I was pruning the rose garden.
This photo is May of the two years ago.  It will be 5 years that I was start growing the roses. I did not be able to see this year, but I got report from mother that the number of flower rose even more and it bloomed beautifully. I'm glad.

I often hear that such as rose's treatment is difficult to grow, but if it can firmly rooted, I think the rose is a tough plant that will grow up even if allowed to stand somewhat.

One of the points that should not be forget, there is pruning.
I do it about 1-2 times of summer and winter in a year. like some other plants, rose will be blooms a lot more that you will cut the branch.

At first, I could not work out this pruning.
because I felt pitiful if cut the stems and branches that grew up thick and big.

But, bough which grew more than two years can't bloom flowers then. moreover, it deprive the extra nutrients If you leave the branch, and sometimes it becomes a source of disease.
So, it's better that cutting without only the new branch. and it is also good for the rose itself.

Next year, I'll not be able to see the figure in full glory perhaps, but if I cut it, It bloom beautifully next year surely in spite of not have me.
because I thought so, this year I was cut the rose stem daringly.


Suddenly, I noticed that it's very similar to what happened to me recently.

In the first place, I was allowed to migrate to the diary blog from Facebook, because I was blamed for my post on Facebook from the previous acquaintance.

That kind of thing was said by someone well from before, but  this time, he told me that "it is too silly." and "did not make sense that you went to France in spite of abandoned grandma." I was really pissed when I heard that.

I wonder why do I was said up there by others in spite of a personal impression.
First of all, I don't want to hear that "Abandoned" said by others who don't even know well the situation of my home!

Earlier I had thought that I do not have even rights to be angry for me.
I was be negative by someone, but I was the only catch its words.

But now, if someone said me terrible thing, I will feel that not only sad, feel the anger. I would want to say Don't belittle me.
This was a big change for me.

I went to France, I met a lot of people.
I was able to meet people who recognize the value of me.

And for the first time, I was able to believe in myself worth.


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I started blog / ブログ始めました


諸事情によりFacebookに日記的なことを書き辛くなってきた為、ブログを始めることにしました。
今までF.Bで書いていたような個人的な長文を、今度からはこちらの方に綴っていきます。興味のある方だけお付き合いください。

また、海外の友人達に向けて、なるべく英訳・仏訳も載せていこうと思っています。両言語ともまだまだ勉強中なので、文法や単語が間違っているかもしれませんが、その場合はそっと教えてもらえると助かります。

よろしくお願いします♪ヽ(´▽`)/

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I decided to start a blog because it has becoming difficult to write that diary to the Facebook for various reasons.
I will write the person of this place from now, that a long personal such as was written in Facebook until now. Please read only if you are interested.

It is for the friends overseas, I'll try put English and French translation as much as possible.
Grammar and vocabulary might be wrong, because I still studying both languages, please tell me in that case.


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J'ai décidé de commencer un blog, car il est de plus difficile d'écrire ce journal à la Facebook pour diverses raisons.
Je vais écrire à la personne de cet endroit à partir de maintenant, c'est une longue tels personnelle a été rédigé en Facebook jusqu'à maintenant. S'il vous plaît lire seulement si vous êtes intéressé.

C'est pour les amis à l'étranger, je vais essayer de mettre anglais et en français traduction autant que possible.
Grammaire et vocabulaire peut-être tort, parce que j'ai encore à étudier deux langues, s'il vous plaît me dire dans ce cas.

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