Souvenirs de la vie quotidienne
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ガラガラヘビと豪速球


言葉の持つ力というものを信じている。
だからこうしてブログを書いたり、SNSで思いを発信したりしている。

それでも、どれだけ心を尽くして言葉を尽くしても、届かない思いというものもある。
元々は一方通行なものだ。受け手が拾わなければ、それはただ横たわる死体と変わらない。まあ、それと分かっていても結局はきっと言葉を尽くそうとするのだろうけど。


大人になって思うこと。
世の中は“衝突しない為の処世術”で溢れている。
今や大人に限らず、学校の中でもそうなのかもしれない。
波風立てず、ぶつからず、平和が一番。
思ってもいない事を言い、可笑しくもないのに笑ってみる。
そこまで分かりやすくはないにしても、ケンカをするのは面倒だから、当たり障りのない事を言って濁していればいいや。

そんな声なき声がそこらじゅうにいっぱいだ。


もちろん、無暗矢鱈に誰彼構わずケンカしろ、なんてことが言いたいんじゃない。
ただ時々、そういう表皮を剥がしたところにある、血の流れる生身の言葉で会話したいな、と思うのだ。暑苦しい人間なのだ。



昔、まだ中学生の頃、仲のいい友達数人でけっこう山奥に住んでいる男友達の家によく遊びに行っていた。
所謂“腐れ縁の悪友”同士で、しょうもないことを話したり、ゲームしたり、鬼ごっこしたり(※中学生です)わりとそんなのんきな日々が私は好きだったし、一緒に遊ぶ悪友たちのことも大事に思っていた。
そんな中、その家の住人である男友達と些細なことから口論になり、少しだけ険悪な雰囲気になったことがある。
お互い譲れぬ主張があったので、私はそれをとことん話し合う気でいたら、いきなり相手に「ハイハイ、もう分かったからいいじゃん。くそダリィ」と幕を下ろされた。その瞬間、私はそれまでの主張云々を吹っ飛ばして、ぶち切れてしまった。

面倒だからという理由でシャットアウトするその態度に猛烈に腹が立ってしまった。
結果、「何が分かったの?!何がいいの?!ちっともよくない!私はアンタのことを大切に思ってるから何かあったらちゃんととことん話したいと思ってるけど、そっちはそうじゃなかったの?勝手に放り投げられてもちっとも納得できない。アンタが私を大事じゃないならそう言って。それなら納得して黙るよ」というようなことを一気にガーッとまくし立てた。我ながらすごい剣幕だったと思う。
相手は私のあまりの勢いにちょっと押されたみたいだが、ぶつぶつ言いながらも「大事じゃないわけじゃない」と、ちゃんと話してくれた。周りでハラハラ(?)見守ってた他の友人達も、よし、じゃあ気を取り直して遊ぶか!という感じで元に戻り、色々落ち着いた頃に一人ホッとして涙が出た(苦笑)

これで嫌われたらどうしよう、と考えなかったわけではないけど、ちゃんと向き合って話してくれない事の方が私には怖かった。
ただヘラヘラ笑って話を合わせるだけの友達は、友達とは言えないと思ったから。
ちなみにその相手とは今でもしっかり友人関係は続いている。私がアホなことをしていたら叱ってくれるし、お互いのダメな所もうんざりするほど知っている、いい友人だ。



まあ、そんな人間なもので、大体において人と話す時は心から向き合うようにしている(というか、そうなる)。
敵も多いが、一度“身内”になったらよっぽどのことがない限り嫌いにはならない(私が相手を)ので、長〜い付き合いになっていく。
暑苦しい人間なのだ。(二回目)


とは言え、冒頭に書いたようにこちらがどれだけ向き合って話そうと思っても、相手がそれを受け取ろうと思わなければ、のれんに腕押し。暑苦しい思いの塊が死骸と成り果てて落ちるだけである。
そして、そういうことはわりとよくある。

相手は私の言葉に責められていると感じ、私は私で何だかモヤッとしたものを感じ、双方何も得をしないまま、何となく疎遠になる。(稀にそこから復活することもあるが)

まっとうな人生を歩んでいないとよく評される私が、そういう場合にだけは「まっとうで、正論」と評されるのが何ともおかしなものだと思う。
正論は人を救わないことを、今や多くの人が知っているのだから、この場合の“正論”はむしろ“批判”に近いのかもしれない。ま、褒められているわけではないことだけは確かだ。
それにしても、その“正論”の母体は何なのだ?自分か?世間か?はたまた、理想か?
誰に対して、何に対して“正しく”あるべきなのか、ありたいのか。



このパターンに直面する度に、私自身いつも振り返り考えている。
つられて見失うことのないように。
 
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