Souvenirs de la vie quotidienne
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みちしるべを探して


一昨日、少し気になる夢をみた。
夢の中で私は幾人かの人々と、恩師と思われる人に会いに行く。
夢の中ではありがちなことに、実際は全く知らない人達だが、その恩師なる人物は少し特殊な力の持ち主のようで、人間が持つ本質や、空気感みたいなものを見ることが出来るようだった。

一人、一人、恩師の前で挨拶をしては、自分がどういう人間か、これからどうなっていくのか、という助言のような予言のような言葉を得て、去っていく。ほとんどの人の顏は、晴れやかだ。

私の番がきた。
やせ気味で初老の男が言う。『アンタは、ひとことで言うなら“まとも”だ。まっすぐ。曲がってない。例えば誰かと誰かが争っているとする。アンタは泣きながらどちらも倒し、泣きながら群衆に言うんだ「戦うのは悲しいことです」と』

それのどこがまともなんだ、と思ったが言わなかった。

なおも彼は言う『“まとも”ってのはな・・・』

その言葉の続きを聞くことはなく、私は飼い猫に踏まれて目を覚ました。
聞きたかったような、聞かなくてよかったような、非常に複雑な気持ちだった。



最初に彼が“まとも”だと言った時、私にはそれがひどく“つまらない”と言われているように聞こえた。
たぶんそれは、私自身の持つコンプレックスだ。

昔から「真面目だ」と言われることはよくあった。
小学生くらいならば「いい子ぶりっ子してる」と同級生から敬遠されてしまうような類の、真面目さだ。
自分の中での曲がったことが許せなかった。

例えば、誰かの容姿をみんなでからかったり、無視したりするようなこと。
例えば、馬鹿馬鹿しいと本当は思っていることを、クラスで強い〇〇さん達に知られないようにひた隠しにするようなこと。
例えば、「女だから」という理由だけで理不尽な要求に黙って耐えねばいけないようなこと。
例えば、好きなものを、胸を張って好きだと言えないようなこと。

正義感が強いという評価は、私の中では美徳でも何でもなかった。
そのせいで損をすることもいっぱいあったし、そもそも「いいことをしている」という気持ちはなかった。ただ単に、自分の中で“曲がって”見えるそれらを放っておくのが、気持ち悪かったに過ぎない。

それでもそんな私を「つまんない奴」だと言う同級生たちの気持ちは、皮肉にもよく理解できた。真面目な人間は、つまらないのだ。

私にはいつも、ど真ん中直球ストレートしか、ない。
変化球もカーブもフェイントも、あっと驚く奇策も、何もない。
あるのは見え見えのストレートだけ。
ただ、見え見えのストレートだからこそ、避けにくいことも時にはある。
勝負の舞台に引きずり出せることも、ある。



“まとも”ってのはな・・・

その後彼は何て言いたかったんだろう。
彼には何が、見えていたんだろう。

 
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Comment








真面目すぎてつまらないと思われること、私もあったので気持ちよく分かります。
でも自分は自分にしかなれないからしょうがないね。そんなあなたがすきよ。
from. chie | 2015/08/11 01:30 |
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